岡山地方裁判所 昭和45年(わ)839号 判決 1971年2月19日
主文
被告人を懲役一年六月に処する。
未決勾留日数中七〇日を右刑に算入する。
押収してある自動車運転免許証一通の偽造部分、登山用ナイフ一丁をいずれも没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、
第一、昭和四五年一〇月四日午後五時頃、岐阜市加納上本町四丁目さつき荘アパート附近において、永田信雄より借り受けて保管中の同人所有にかかる普通乗用自動車のダッシュボード内から同人名義の普通自動車免許証一通(岐阜県公安委員会第五三六九〇四二七三〇〇―一三九九号)を自己のものとする目的で抜き取って、横領し、
第二、同月二五日午前九時頃、前記さつき荘アパート内の自室において、行使の目的をもって、ほしいままに、前記横領にかかる岐阜県公安委員会のプレス印のある永田信雄に対する普通自動車運転免許証のビニール製カバー右端をカミソリを用いて切り開き同免許証の写真欄に貼付された右永田の写真を剥離して同欄に使い残しの自己の写真を貼付し、もって自己に対する同委員会作成名義の普通自動車運転免許証一通を偽造したうえ、同日午後六時頃、前同市加納富士町二丁目二〇番地株式会社サンコーレンタカー岐阜駅前営業所において、同営業所から普通乗用自動車(泉五わ八五六)を借り受けるに際し、同所従業員岡田政男に対し、右偽造にかかる普通自動車運転免許証をあたかも真正に成立したものの如く装って呈示してこれを行使し、
第三、同月二七日、前記各犯行の発覚をおそれて前記さつき荘アパートより滋賀県方面に向けて逃走するに際し、前記第二事実記載のとおり前記岡田政男から前日の二六日午前九時までに返還する約定のもとに借り受けて保管中の、前記株式会社サンコーレンタカー所有にかかる前記自動車一台(時価六〇〇、〇〇〇円相当)を自己のものとする目的で乗り逃げして横領し、
第四、堀田某と共謀のうえ、同月二八日午前二時頃、滋賀県坂田郡山東町大鹿一、二四五番地醒ヶ井工業株式会社前広場に駐車中の高木公司所有にかかる普通乗用自動車からナンバープレート二枚、フォグランプ二個(時価合計六、五〇〇円相当)を取り外して窃取し、
第五、前同日午後一一時三〇分頃、岐阜市坂井町二丁目地内の空地に駐車中の加藤力所有の普通乗用自動車からナンバープレート二枚を取り外して窃取し、
第六、堀田某と共謀のうえ、前同月三〇日午後八時頃、字都宮市今泉町二、四九五番地中古車販売所裏駐車場に駐車中の高崎政士所有の普通乗用自動車からナンバープレート二枚を取り外して窃取し、
第七、前同年一一月一日午後八時頃、京都市下京区五条通富小路西入北本塩竈町五五七番地安藤株式会社藤野美寮において、同社役員安藤円蔵管理にかかる現金三〇〇円位存中のピンク電話機一台(時価六、〇〇〇円相当)を窃取し、
第八、業務その他正当な理由がないのに、同年一一月五日午後〇時五〇分頃、岡山県浅口郡里庄町大字新庄地内を自己が運転走行中の普通乗用自動車運転席付近のシート下側に刃体の長さが六センチメートルをこえる約一一センチメートルの登山用ナイフ一丁を隠匿して携帯し、
第九、公安委員会の運転免許を受けないで、前記第八事実記載の日時場所において普通乗用自動車を運転し
たものである。
(証拠の標目) ≪省略≫
(窃盗の訴因に対し横領を認定した理由)
判示第一の事実に対応する公訴事実は、「被告人は昭和四五年一〇月四日午後五時頃、岐阜市加納上本町四丁目さつき荘アパート附近において、永田信雄から借り受けていた同人所有の普通乗用自動車内から同人名義の自動車運転免許証一通を窃取した」というのであって、被告人が右事実のとおり免許証を領得したことは十分肯認しうるのであるが、当裁判所は、これをもって検察官主張のように窃盗と評価すべきではなく、横領と評価するのが相当であると考える。すなわち、前掲証拠によると、被告人は、右犯行の前日から右永田信雄の自動車を借り受け、これを運転して岐阜市内を乗り廻していたのであるが、たまたま施錠のしていない助手席前のダッシュボードを開けたところ、車体検査証や給油チケットと共に本件運転免許証のあるのを見付け、運転免許を有しなかったところから、右免許証の写真を貼りかえて自己のものに偽造しようと考え、右免許証のみを抜き取りポケットに入れて領得したうえ、右自動車を返還していること、一方、永田信雄は、免許証をダッシュボードに入れていることを知っていたけれども、これについて特別の指示等することなくそのまま自動車を被告人に貸与し、車が返された後も免許証があると思っていたところ、被告人が右免許証を使用して前記第三の犯行であるレンタカーを借り受けこれを乗り逃げしたため、同会社よりの照会があってはじめて免許証のないことに気付いていることが認められる。
ところで、自動車運転免許証は、通常他人に貸与してその使用を許す性質のものではなく、また車体検査証や自動車の必要部品などとは異り、自動車の使用に不可欠なものでもなく、しかも施錠はないとはいえ蓋のあるダッシュボードに入れられていたものであるから、自動車を貸与した永田信雄としては、右免許証を被告人に貸し与える意思のなかったことは明白であり、また免許証の占有は依然右永田にあって被告人にはなかったとみうる余地はなくはないと思われる。しかしながら、免許証の入っていた自動車そのものの占有は被告人にあって、しかも約一日間という長時間被告人が自由に乗り廻しえたものであるから、その間これに対する永田信雄の現実の支配の及ぶ可能性は極めてすくなかったものであるうえ、免許証はその自動車の施錠のない場所に、自動車の運行に必要な時として呈示を求められる車体検証などと共に入れられていたのであり、しかも、右永田においてそれを知って自動車を貸しているのであるから、免許証自体を被告人に貸与する意思がなく、またそれが自動車の使用に必要ではなかったとしても、自動車とともに包括的にその保管を被告人に委託し、その占有を移転していたと認めるのが相当である。
そうしてみると、本件免許証抜き取り行為は窃盗ではなく、横領をもって論ずべきこととなる。このように解しないと、窃盗罪に比し横領罪の法定刑が半減されているのも横領罪についていわゆる「動機において誘惑的であり、形態においては平和的である」ことが立法上考慮されたためであるとの立法の趣旨にもとり、また、これに反し、これを窃盗をもって論ずるならば、本件免許証を領得するために、免許証を入れたまま車ごと領得した場合に横領をもって論ずるのが相当と思われるのに比し、あまりにも均衡を失するの感を免れないのである。
以上の次第で判示のとおり認定したのであるが、検察官主張の窃盗と判示認定の横領との間には公訴事実の同一性は存し、かつ本件のような公訴事実の記載方法よりすると判示のとおり認定することが被告人の防禦に著しい不利益を及ぼすものとは解されないから、訴因変更手続をとることなく認定した。
(法令の適用)
被告人の判示第一、三の各所為はいずれも刑法二五二条一項に、判示第二の各所為中、自動車運転免許証偽造の点は同法一五五条一項に、同行使の点は同法一五八条一項、一五五条一項に、判示第四ないし第七の各所為はいずれも同法二三五条(判示第四、第六の各所為についてはさらに同法六〇条をも適用)に判示第八の所為は銃砲刀剣類所持等取締法三二条二号、二二条に、判示第九の所為は道路交通法一一八条一項一号、六四条にそれぞれ該当するところ、判示第二の有印公文書偽造と同行使との間には手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により一罪として犯情の重い偽造有印公文書行使罪の刑で処断することとし、判示第八、第九の各罪につき所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪なので同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人を懲役一年六月に処し同法二一条を適用して未決勾日数中七〇日を右刑に算入し、押収してある自動車運転免許証一通の偽造部分は判示第二の偽造有印公文書行使の犯罪行為を組成した物で何人の所有をも許さないものであるから、また押収してある登山用ナイフ一丁は判示第八の犯罪行為を組成した物で何人の所有にも属しないものであるから、同法一九条一項一号、二項本文をそれぞれ適用していずれもこれを没収し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書を適用してこれを被告人に負担させないこととする。
よって主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西尾政義 裁判官 岡次郎 渡辺温)